-----脳外科医の立場からスノーボードを考える-----
(出席者・発言順・敬称略)
●スキー場と病院
  
奥寺 白馬村は普段人口は五千人程度で、大町にしか脳外科がある病院はないのですが、
八方尾根スキー場からはかなり離れている。ご存じのとうりスキーシーズンは渋滞
がひどくて病院まで患者が運ばれてくるのに時間がかかる。頭部外傷は病院に早く
来ればくるほど治療の可能性は高くなる。これも大きな問題ですね。
鷲見 私どもの病院は救急車で平均三十分ですが、渋滞でおくれることはありますね。
藤巻 例えば、ヘリコプターを使うことはできないんでしょうかね。
奥寺 長野県にはありますが、ヘリを使ってもあまり変わらないでしょうね。ヘリを直接
おろせる病院がほとんどないし、天候にも非常に左右されますからね。日が暮れて
暗くなれば飛べないし、それほど有効な手段ではないですね。山岳遭難の場合も条
件が良くないと使えない。スキー場と病院とが連係した救急体制はきちんと確立し
ていなければなりませんね。
藤巻 重大な事故は、結局一刻も早く病院へ行くことが重要なんですよね。意識のある
なしでいえば、急激に意識がなくなるほうが重大で、時間がかかって、すこしずつ
意識が悪くなるほうは助かる可能性が高い。
奥寺 急激に意識が悪くなるのは太い血管が切れたということですからね。そういう場合
はとにかく早く病院にこなければいけない。脳挫傷よりも血管がきれてしまうこと
が問題なんですよね。
酒井 脳挫傷の例は私のところではないですね。
奥寺 原因にはさまざまなファクターがあると思いますが、人間の頭は正面は強いです
ね。おでこに衝突してもたいしたことにはならない。サッカーではヘディングを
しますしね。スノーボードでは後頭部や側頭部を強打しやすい。そもそも急所的
な部分ですよね。ですからこの部分をなんらかの形で保護することが大切ではな
いでしょうか。
鷲見 スキー場ではとにかく頭を打ったら、すぐに救護室にいく、そしてパトロールは
性急な判断をしてはいけない。近くの病院へ行くことを勧めたほうがいい。
外見だけでは判断できないからです。症状が出てからでは遅いんです。私どもの
病院では軽症とみられる患者でも念のため経過観察入院を勧めています。
奥寺 でも、頭を打ったらすぐ病院へ、となったら病院に患者があふれて大変なことに
なってしまう。
鷲見 救急車を呼ぶには、軽度の骨折程度では必要はないんです。仲間で病院へ連れて
いけるんですから。頭部の事故は判断が難しいということをパトロールはよく知っ
ていなければいけません。
奥寺 やはり、なんらかのプロテクターを使用するのが安全のためには一番現実的な
解決法じゃないかと思いますが。剣道が防具なしではしないように、特に初心
者に対して小売店のほうからプロテクターをするように薦めるとか、セットで
売ることを考えてもいいと思うんですが。
鷲見 小売店にもよるでしょうが、プロテクターを販売している店はあります。私が
調査したスキー場で受傷率がもっとも低いスキー場ではプロテクターの販売も
レンタルもしています。最近はハーフパイプでもヘッドギアをつけて練習する
人がいますね。
藤巻 先日、神田の書店街へ行ったついでにスポーツ店を見ましたら、スキーはまだ
それほどではなくて、スノーボードは盛大に売っていましたね。でも、プロテ
クターを買っている人は見なかった。スキーもあるにはあるが、明らかに人気
はスノーボードに移っていますね。
鷲見 スノーボード人気は日本の教育問題と関連があるように思いますね。この意見
は極端かもしれませんが、学校で規則や受験で押さえつけられている閉塞状態
の若者が、パッとスキー場にきて、自由で、簡単にできて、それはど苦労しな
くてもすぐ巧くなって、自分のパフォーマンスができるスノーボードに飛びつ
くのはわかる気がします。
奥寺 ようするにスキーに対するアンチテーゼでもあるんですよね。スキー学校に入っ
たり、トレーニングしたりするのは嫌だという。苦労しないでも巧くなる、取り
付きやすいというのは、イージーゴーイングな時代に合っているんでしょうね。
鷲見 これは若者の文化で、頭から否定することはできないですね。それをいかに安全
に楽しく、まわりに迷惑がかからないように指導していくのかが大切ですね。
 一昨年は十五人の死亡例の内、女性が七例、昨年が十人中一名が女性でした。
男女の死亡率にも差がでてきている。ということはある程度マスコミの報道など
で、スノーボードの危険性が認識されるようになってきたからだと思います。
奥寺 水泳と海水浴を比べればわかりやすいと思いますが、スポーツとレジャーを混同
してはいけないですね。スノーボードはスポーツなんで、それなりの準備はしな
ければ危険なんです。レジャーの海水浴と同じと思っていたら危険なんです。
藤巻 都会に住んでいる人間の感覚では雪ってのは軟らかくて安全だと思っている。
鷲見 そうなんです。雪っていうのはアイスバーンもあれば粉雪もある、硬さも千差万
別なんです。ソフトな新雪で転んでもほとんど大丈夫なんですよ。そういうこと
を知ってないと危ないんですね。
奥寺 さきほどのヘルメットについても、スノーボード専用のヘルメットを開発しな
いといけないんですよね。それにはお金もかかるけど。競馬のジョッキーのヘ
ルメットにしても、バイクのヘルメットにしても膨大な研究開発費を使って動
物実験をしたりしている。
藤巻 いまスキーメーカーの景気はあまりよくないので、それほど経費はかけられない
としたら、スノーボードの危険性を啓蒙して行くしかないんでしょうね。
 ある知り合いの教授がアメリカにいたとき、冬に近くの池に薄い氷がはって、
スケートをする人もいる。そこには日本流にスケートを禁止するのではなく
「SKATING AT YOUR OWN RISK」という立て札があると話していました。
極論すれば日本の場合も、スノーボーダーは自分の責任でかってに遊んで、かっ
てにケガをすればいいということになる。その人の責任だよ、となる。病院にき
ても、助けられるものは助けるし、助けられないものはしょうがない。個人主義
であれば本来そういうことになりますね。 ただ、スキー場があるところの病院の
医者はたまらないでしょうね。冬がくるのが恐いという先生もいらっしゃる。
奥寺 私はむしろスキー場への往復の交通事故のほうが恐いですね。これは悲惨ですよ。
ワゴン車で定員オーバーで、朝3時頃出発して、事故をおこして、保険証はない、
住所はわからない、財布もなくなった、事故車はどこかにかたずけられて、帰るに
帰れない。これで全員重傷で入院なんてなったら悲惨ですよ。病院の医者もてんて
こまいですよ。
鷲見 わたしの病院でも救急車が一度に何人の患者を運んでくるのか統計をとっています。
それによって、病院の救急体制をつくっていかなければなりません。近くに高速道路
が開通して多重事故もふえていますしね。
藤巻 医者はたまらんという後ろには、もちろん御家族はもっとたまらんということが
あります。ですから、「自分の責任で」というのはいいが、「リスク」をよく知っ
たうえでスノーボードを楽しんでほしいと思いますね。
奥寺 その通りですね。「KNOW THE RISK」ということが一番大切だと思います。
私の同僚にもスノーボードはすごく楽しいというものがいる。スノーボードは本来、
大自然を相手にしたとても楽しいスポーツのはずです。危険をよく知って、それを
回避する準備をして、おおいに楽しんでもらいたいですね。