-----脳外科医の立場からスノーボードを考える-----
(出席者・発言順・敬称略)
●スノーボードの事故について
  
鷲見  これまで私の地元である岐阜県下のスキー場でのスノーボードの
事故調査をしてきました。次頁の資料(表1)はここ九年間のスキ
ー外傷五千とスノーボード外傷二千五百の事例についで作成したも
のです。
 最近とくにスノーボーダーの数が増えてきているのですが、岐阜
県下のあるスキー場(年間三五万人の入場者)で入場者の実数と外
傷者の数を九五年度、九六年度の二年間調査したものです。(表2)
 スキーヤーとスノーボーダーの受傷率をみてみると、スノーボー
ド外傷の受傷率は、スキー外傷の約五倍から六倍あります。
 私どもの病院はスキー場から約三〇分程のところにありますが、
軽い打撲程度の人はそのまま帰ってしまいますから打撲の事例は少
ないです。
 スキー外傷とスノーボード外傷を比較してみるとスキーの場合は
切挫創が最も多く、骨折も一般的な下肢の骨折が多い。スノーボー
ドの場合はとくに骨折が多く、上肢の骨折が目立っています。受傷
状況についてはスキーが湿雪、スノーボードはアイスバーンのとき
に多い。また、半身不随や死亡にいたるような重大事故は、スキー
の場合はほとんどが衝突やコース外転落などが原因となっています
が、スノーボードの場合は単純な転倒が多い。最近、ジャンプによ
るものが増えてきているのも特徴です。このへんが現在のスノーボ
ード外傷の一般的な傾向ではないかと思います。
 また、重傷で入院が必要な人はスキーもスノーボードも当院受診
者の約四%あり、スノーボードの場合、頭部外傷が多く椎骨骨折、
腹部外傷と続いています。(表3)
 とくにスノーボード外傷の特徴として急性硬膜下血腫のほか、脳
震盪型の頭部外傷が多く、約半分あります。
(表1) スキーヤーとスノーボーダーの外傷数年次推移
グラフ
   
(表2) スキーヤーとスノーボーダーの入場者数と受傷率(2シーズン)
  スキーヤー スノーボーダー 総数
580,301 121,816 702,117
外傷者数 207 247 454
受傷率(%) 0.036 0.203 0.065
   
(表3) 入院症例
  症例 スキーヤー スノーボーダー
入院数   21 49
頭部顔面 頭蓋骨骨折
頭部外傷2型
頭蓋内出血
2
3
1
2
15
3
体幹 肋骨骨折
椎骨骨折
脊髄損傷
腹部外傷
3
5
1
2
3
12
1
8
上肢 上腕骨骨折 1 3
下肢 骨盤骨折
大腿骨骨折
脛骨骨折
股関節脱臼
2
3
1
0
1
5
1
2
   
藤巻 一瞬、意識を失っているケースですね。
奥寺 健忘症も多いのではないですか。
鷲見 ええ、多いですね。
藤巻 事故前後のことをまったく覚えていない状態ですね。
鷲見 その通りです。
それから椎骨骨折が非常に多いことは、スノーボード外傷の特徴の
ひとつといえます。
奥寺 いわゆる脊椎骨折ですね。
鷲見 斜面状況でいうと九五年頃から中斜面での事故が増えてきています。
これは中・上級者が増えているからだと思います。事故の状況はジャ
ンプによるものとスノーボーダー同士の衝突が最も多いです。
藤巻  スキーヤーとスノーボーダーの衝突が少ないということはスキーヤー
が避けているということですかね。スノーボーダー同士のほうが視野が
狭くなってしまいますからね。
鷲見  そういうことですね。またスキー場によっても事故の発生率は違い
ます。スキー場の対応のしかたでずいぶん事故は減ると思います。
スキー場別の受傷率も調査しましたが、安全対策に協力的でないスキー
場もある。そういうスキー場ではやはり事故が多いですね。パトロール
もきちんとしていないし。安全対策をきちんとしているスキー場とそう
でないスキー場では受傷率はそうとう開きがあります。
藤巻 協力的でないスキー場の受傷率はどうやって調査されたのですか。
鷲見  各スキー場とも入場者数は公表されています。それに私どもの病院
ではどのスキー場から来院したのかをカウントしています。また、入
院患者数にたいして、救急車の出動回数についても調査しています。
救急車を呼ぶか呼ばないかはスキー場管理者の責任ともいえるわけで
すが、できるだけ呼ぶようにして、またスキー場の従業員に人工呼吸
や心臓マッサージの講習にいかせたり、熱心なところもあるんですが、
そうでないところもあって結果としてはあきらかに受傷率に差がでて
きています。
藤巻  実際に重大事故につながっているところはありますか。安全対策を
きちんとしているスキー場ならば、重大事故になる一歩手前でなんと
かくいとめることができるんじゃないかと思いますが。
鷲見  確かにそういうことはいえるかもしれませんが、数値としてはでて
いません。はなしはそれますが、腹部外傷についてもスノーボードに
多く、特徴的ですね。スノーボーダー同士の衝突と自分での転倒で半
々ぐらいに起きている。
藤巻 自分の転倒でも腹部外傷があるんですか。それはすごいですね。
鷲見 私の病院では四人開腹手術をしていますが、すべて助かっています。
藤巻 腎損傷もあるんですね。
鷲見 ええ、軽い血尿もありますが。
酒井  この追悼集の、亡くなられた堀真理さんは救急車で運ばれる途中
で、一度意識はすこし回復して、手術はしたんですが、残念ながら
助かりませんでした。
藤巻 ということは、かなり強い脳震盪型であったわけですね。
酒井  ええ、来院されたときはすでに瞳孔はひらいていて、緊急手術を
したんですが、ほんとうに残念でした。
 頭に関して言えば、最大のポイントは初心者のうちに非常に重大な
頭部外傷になりうるということです。重傷例を比較すると、スキーの
場合は衝突による脳挫傷や頭蓋骨骨折が多いということは以前からい
われていることです。
スノーボードに関しては急性硬膜下血腫が多いということ。やはり、
初心者が緩斜面で転倒してというケースが最も多いのが特徴です。
最近は、中級者と称する人が増えたのでジャンプによる重傷者が増え
る傾向にあると思います。
 スノーボードを販売している人が、これを使うと死亡するかもしれ
ませんとは言えないでしょうが、なにか啓蒙しないとますます初心者
の重傷者が増えるのではないかと危惧しています。また、手首の骨折
もスキーヤーの百倍にも上るので、こうした事故も軽視できないと思
います。手首でも数カ月間も不自由な生活を強いられるのですから。
 そして、頭部外傷の原因として最も注目すべきことは、やはり「逆
エッジ現象」だと思います。
藤巻 その「逆エッジ」についてもう少し詳しく説明してください。
酒井  スノーボードにはフロントサイドとバックサイドがあって、バック
サイドで滑っているときに、谷側のエッジが雪面に突然かかってしま
うことです。本来なら山側にエッジングしていなければならないので
す。例えば、爪先側でエッジングしている場合、バランスを誤るとこ
のカカト側(谷側)にエッジがくいこんでしまい「逆エッジ」になっ
てしまうのです。ですから谷の方向に仰向けに転倒してしまいます。
スキーでは普通スキー板が先に谷側に落ちて、お尻から山側へ尻餅を
つきますね。「逆エッジ」はスノーボード特有の転倒の仕方ですね。
逆エッジによる転倒例1(バックサイド)
鷲見  初心者や中級者に非常に多く見られる転倒の仕方です。上級者に
なるとバックサイドの「逆エッジ」は極端に少なくなるんです。
それは統計的にも証明されています。
私どもの病院ではスノーボード経験が十回を越えるとみな中級者と
自己申告してるようですが、しかしあきらかにまだ初心者なんです
よ。自分の技術をしっかり客観的に知ることも大切で、スクールや
インストラクターの役割は重要です。
酒井  逆エッジでフロントサイドの転倒とバックサイドの転倒による外傷
を比較すると、フロントサイドは打撲や切傷ていどで、バックサイド
は、なんらかの形で手の補助ができればいいんですが、それができな
いと頭部外傷になる。
逆エッジによる転倒例2(フロントサイド)
藤巻  私はブローアウト(前向きに転んで顔面・眼を強打するため眼の
周囲の骨が吹き飛ぶように骨折する)を診たことがあります。この
女性は目の回りが骨折して、鼻をかむと空気が眼窩にもれて目が飛
び出す状態で、付き添ってきたボーイフレンドはそれを見て卒倒し
てしまいましたが。それはそれとして、手足ぐらいの骨折だと、懲
りてやめることもないようですね。
鷲見 一シーズンに二度骨折した例もありますね。
酒井  初心者は懲りたといいますが、中級者以上の人はまたやりたいと
いいますね。
藤巻  諏訪中央病院の特殊な例では、動脈の引き抜き損傷があります。
これはジャンプをしたときのケガなんですが、頭蓋骨はまったく正
常で、内部だけが損傷している。片麻痺と言語障害が残ってしまう
ような状態ですね。これは極端な例かもしれませんが、こういうケ
ガさえ起こりうるということです。
奥寺 悲惨な例ですね。いかに回転、回旋力がすごいかですね。
藤巻  頭に関しては、東京医科歯科大学教授の平川公義先生に話を聞い
たのですが、ヘルメットを被ったからといって事故は防げないかも
知れないということでした。転倒したときの回旋力が問題だからで
すね。ただ回旋力といっても回旋しているときに血管が切れるわけ
ではなくて、雪面にぶつかったときに切れるわけですね。雪面が氷
やコンクリートのように硬ければ頭蓋骨を骨折する。そういう場合
は比較的硬膜下血腫は少ない。例えば、柔道の場合ですと、畳の柔
らかさがむしろ静脈が切れる危険性があるということ。静脈が切れ
る場合に、力のインパクトとスピードにある一定の幅があって、そ
の条件のなかで起こるのではないかとスポーツ医学者は考えている。
ですから単純にヘルメットを開発すればいいということにはならな
くて、ヘルメットの構造をよく研究しなければいけない。私は硬い
ところにぶつかると頭蓋骨骨折が起きて、逆に衝撃を吸収して静脈
がきれないのではないかと思っています。もちろんその直後に脳挫
傷が起きたりしますが、それがちょっと軟らかいところで、あるス
ピードでぶつかったとき、骨は折れないけれども、静脈が切れて硬
膜下血腫になるのではないかと想像しています。ですから、頭部を
守るには、頭の回りを鉢巻き状に覆うもので、衝撃をきちっと吸収
するものであればいいと思います。ジャンプでの転倒は別ですが。
酒井  私が聞いた話では、硬いところにぶつかる一般のバイクのヘルメ
ットでは意味がなく、競馬のジョッキーのヘルメットがいいんじゃ
ないかと。芝生に落ちたときの衝撃吸収は、厚みはないけれども、
なかが発泡スチロール状のものが一番いいとのことです。表面は硬
くて中はある程度軟らかい構造のものですね。私もなるほどと思い
ました。スノーボードのメーカーでもそうしたヘルメットの開発は
していて、製品にもなっていますが。
奥寺  ただ、ヘルメットをしているのがカッコイイということにならな
いと普及は難しいですよね。これが流行のファッションだとならな
いと。オートバイのヘルメットみたいに原色を使って目立つものが
いいですね。スキーヤーの側からしても。白系のウエアだと見分け
にくいことがありますね。
酒井 いま売っているウエアやプロテクターは地味ですね。
藤巻  とにかく事故を減らすには一日でもいいから、スクールに入って
転び方や基本技術を学んでほしいですね。そういうメールが私のと
ころに来ています。ダイビングのライセンスのようにね。